それでいいのか、という迷いは完全に消えたわけではないが。
でも自分の気持ちは決まった。
今回の件は、辞退しようと思う。

やはり自分が行きたい店かどうか、がポイントだと思う。
どこかでうどんを食べようと思ったときに、時間がないだとか
他の店が開いていないとか、そういった消去法では選んで
入るかもしれないが、あの店に行きたいと思って目指して行く
ようなことは、自分の場合はないと思う。

失礼だが、多分そういうお客さんも多いのではないだろうか。
おいしいうどんが食べたいと思うのはうどん好きの常だが、
その一方で、おなかが満たされればそれでよい、食べられない
こともなければそれでよいといった店の選択法もある。
そしてそういう需要があるから、成り立っているお店があるのも
また事実ではないだろうか。
もちろん人の味覚はそれぞれなので、とてもおいしいと思って
その店を目指して行く人も少なくはないのだろう。

自分が将来やりたいのは、当然自分が行きたいと思うような店。
その実現には、働くにしてもやはりそういうふうなお店で働くこと
が良いのではないかと思う。
もちろんそうではなくても、自分の取り組み次第で実現は可能
なのかもしれないが。
でも自分としては、将来を思い描きながら仕事がしたいので。
働いている店ではこうだけど、自分ではこうしたい、なんてことは
したくはないと思う。

多少学校に行ったとはいえ、それですぐに商売ができるものでも
ないと考え、どこかで勉強しなければならないとばかり思っていた。
でもそういう考え方は、ある意味では正しくてある意味では間違い
なのかもしれない。

実際に店を経営している人から見れば、たしかに実務経験が
なければ、学校に行ったとはいえおままごとレベルにしか見えない
だろうし、別にそれを否定はしない。
だけどそういったおままごとのような経験しかない者が食べても、
自分だったらこうしたい、こういう味にするのに、という思いが
出てくるのも、また事実。
ならば、自分で自分の味を作ったり実現すればよいのでは。
基本的な部分は、ひととおりは習ったつもりだ。
あとはそれをどう応用したり、たしかなものにしていくか。
結局はそれに尽きるのではないかと思う。
別にどこかのお店の味を真似ることを目指しているわけではない。
もちろんお店でやっていることで、学ぶべきところは多々あるだろうが。
でも基本的には、自分でどうにかしなきゃいけない。

自分としては、それは無謀だと思ってきたが。
だけど学校としては、資金さえ集まれば、それで商売をはじめることが
できるように授業をしていたのかなと、今になってようやく気づいた。
なのでまず修行ありきという考え方自体が間違っていたのかもしれない。
自分は失業したから学校で訓練を受けたわけであり、多少の蓄えこそ
あれど、いきなり店を開けるほどの資金はもちろん持っていないので、
どうしても卒業してすぐに店を開くという考え方は浮かばなかったのだ。
でもすぐにとはまではいかずとも、ある程度近い将来に開業することを
頭に入れて行動しなければ、いつまでたってもそれは叶わない。
学校で学んだことをベースに、足りない部分を効率よく取得した上で
資金を集めなきゃいけない。
卒業後どこかのお店に入って一から修行スタート・・・というつもりでは
いけないのである。

そう考えると、なおのことこだわるべきは経験が積めるとか修行が
できるということではなくて、自分がその店の味を好きかどうか
ではないかと思う。
そういう店で働くことが、味を決めるような業務に携わることが
できなくても、自分の作りたい味をイメージするためになるのでは
ないかと思う。
いずれにせよ短期間では、補助的な業務に終始せざるを得ないと
思われるので、ヒントを掴んであとは自分で試行錯誤するべきかと。
それに今までも、自分がおいしいと思うかどうかにこだわって
仕事探しをしてきたのだし。
どうしても焦りが出てくるけど、よく考えてブレちゃいけない部分は
自分の中でしっかりと持っていないといけないなと思う。